三菱化学鹿島事業所第二エチレンプラント火災

2007/12/21-15:21 三菱化学工場内で火災=4人と連絡取れず−茨城
 21日午前11時35分ごろ、茨城県神栖市東和田の三菱化学鹿島事業所で、第2エチレンプラント分解炉地区の工場から出火した。鹿島南部地区消防本部などによると、当時地区内にいた関係会社社員4人と連絡が取れていない。県警鹿嶋署などは所在確認を急いでいる。
 事業所によると、同プラントでは原油から精製されるナフサを分解し、プラスチック原料となるエチレンやプロピレンを造っていた。所在不明の4人は同地区内の炉の整備や点検をしていた。
時事通信http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2007122100415

まずは、この火災で亡くなられた4名の方にご冥福をお祈り申し上げます。また、恐らく本件に絡んで正月休みがなくなってしまった方、プラントの上で正月を迎える事になった方も多数おられると思います。実は、僕は以前、別の石油化学メーカーに勤めていた事があります。正社員であろうと協力会社の社員であろうと、あなたたちが、どれだけプライドを持ち、どれだけ真剣に仕事をしていたかを目の当たりにしていました。

火災は鎮火しましたが、多分影響はこれから出てきます。普通の人にはわからない世界だと思いますので、このニュースについてどういう事になるのか、若干まとめておこうと思います。

1.エチレンプラントとは
エチレンプラントは石油化学工業の一番の基礎となるプラントです。ナフサ(比較的分子量が大きい炭化水素の混合物)を蒸気と混ぜて加圧加熱して熱分解し、これを冷却後に蒸留して、エチレン(炭素2個の分子)・プロピレン(炭素3個の分子)・BB留分(炭素4個の分子)・ベンゼン(炭素6個の分子)など*1を得るものです。運転条件を変える事で、多少、各製品の収率を変える事ができます。また、対応さえしていれば原料はナフサ以外にも天然ガスなども使用できます。

原油 →(石油元売)−→ガソリン
          |→灯油
          |→軽油
          |→重油
          |→他
          |→ナフサ  →石油化学−→エチレン
                        |→プロピレン
                        |→BB留分
                        |→ベンゼン

これだけ見てもなんのこっちゃと思われる方が多いかと思いますが、ここの緑色の部分がエチレンセンターです。つまり、石油化学関連の製品のほぼ全てが、エチレンセンターから生み出されたエチレン・プロピレン・BB留分・ベンゼンを原料としています。エチレンプラントというのは名前がそうなっているというだけで、あらゆる石化製品の原料となる物質を作るプラントだと思ってください。工場内外でこれらが他の製品の原料として消費されます。俗にプラスチックと呼ばれるポリエチレンやポリプロピレン、ポリスチレン、塩化ビニル、アクリルその他もろもろに始まり、PET(ペットボトルの原料ですな)、合成ゴム、合成繊維、合成接着剤、合成洗剤、合成塗料、合成なんちゃら・・・何から何までがここをスタートとして生産が開始されます。
一言で言えば、石油化学の心臓をなすプラントであるといえます。

2.石油化学コンビナートとは
石油化学コンビナートというのは、コンビナートの名前の通り、単一の工場ではなく工場群として機能しています。今回の鹿島臨海工業地帯、京葉工業地帯、水島、四日市などなど、日本にはいくつかの工業地帯があり、そこには石油化学関連の企業が密集して存在します。何故、密集しているかというと、これらの工場が「地下の配管」でつながって、複数の企業工場からなる一連の製造工程を形成しているからです。

例えば、三菱化学鹿島事業所の生産フローは以下のように表現されています。
http://www.m-kagaku.co.jp/kashima/about/kombinat.html (三菱化学鹿島事業所HPより)
この図で赤色の線は恐らく配管で直結されている自社他社の下流製造プラントをあらわしていると思います。
http://www.jpca.or.jp/62ability/kakusha/01mcc_ksm.htm (石化協HPより)
この図のピンクは、下流工程の企業群を表します。

近隣の工場同士でタンクの貸し借りも行われます。ある製品Aがa社で余ってしまった時(Aを原料とする下流のプラントがシャットダウンしてしまったなど)にa社は自社のタンクに製品を貯蔵しますが、それでも足りない時などは、工場の生産管理の人同士で連絡をとり地下の配管経由で隣の工場のタンクを借りる事があります。

要するに三菱化学鹿島事業所という1つの工場と考えるのではなく、このエチレンセンターを中心とした幾つもの工場群が石油化学コンビナートだという事です。

3.三菱化学鹿島の生産量は
石化協によれば日本のエチレンの生産能力は約770万トン/年(表の下注の現実的な生産能力)となっています。一方、今回火災を起こしたプラントは鹿島事業所第二エチレンプラントは47.6万トン/年と発表されています。しかし、通例では工場の現場検証に最短でも1週間、今回は恐らく1ヶ月以上かかると思われ、この間は鹿島事業所東部地区全体が操業停止となります。よって鹿島事業所全体の生産能力である85.1万トン/年(約12%)が当面の間消えた格好になります。当然、鹿島事業所内の下流のプラントも全て停止します。

4.操業再開の目処は
上にもちょっと書いたのですが、恐らく現場検証のための操業停止が1ヶ月。その時点で第一エチレンプラントと他の下流の工程は全部再開(ただし、操業率は半分程度)。その後火災が起きた第二エチレンプラントの再稼動に・・・半年くらいはかかるんじゃないかなぁ・・・予想がつきませんが、相当長期間にわたる事になるんじゃないかなぁ。

5.製品供給への対応は?

 三菱化学の鹿島事業所(茨城県神栖市)の火災事故で、三井化学旭化成など化学大手は22日、樹脂原料など石化製品の供給・生産を肩代わりする方針を決めた。(以下略)
(NIKKEI NET)http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20071224AT1D2202W22122007.html

との事で、他社も生産量の肩代わりに名乗りをあげて(恐らく経産省発だけど)ます。が、現時点で稼働率は、11月生産実績が65万トン/月、65万トン/月×12=780万トン/年、生産能力は前述の通り770万トン/年との事で、ほとんどフル操業だと思われますので・・・。多分、今頃商社の人たちは輸入の手当てに奔走している事だと思う。それも、中国との取り合いですね。ちなみに、エチレン輸入量は10万トン/年輸出は30万トン/年くらいでして、完全に輸入超過に転じます。中国内陸部で幾つもプラントが稼動開始するとは聞いていますが、間に合うかなぁ。間に合わないだろうなぁ。

このニュースは、恐らく三菱化学鹿島事業所の下流にぶら下がっている(石化協HPの図で示したピンク色の奴)他の工場(当然、操業している)に対して原料供給が行われるという意味だと思います。彼らまで連鎖で操業停止すると、停止時の損失が三菱化学の1日1億円*2どころでは済まなくなりますので、相当強烈な指導が入っているものと推測されます。

というわけで、これだけでは根本的な問題解決には全くなっていないのではないかなぁ。まさに価格急騰阻止のための「大本営発表」的なものではないかと思う次第。下手したら最終消費財まで行ったところで品不足問題が勃発しかねないし、それが知れ渡ったらトイレットペーパー騒動の二の舞になりかねない。石油の備蓄高なんて全く関係なしに途中の製造工程でチョークしちゃうんですね。

しかし、これで、原油・ナフサ要因の他にまた強烈な値上げ要素ができてしまったなぁ。年明けから第11次値上げなんて話がありましたが、それどころでは済まないでしょう。ただでさえ、石化メーカーは合併に継ぐ合併で寡占化が進んでいるし、国内の生産能力増強を減速させて価格吊り上げて、海外に出る資金稼ぎの算段していたようにしか見えなかったし。「公取弾幕薄いよ!何やってんの!?」みたいな感じがしていたところでした。

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*1:もちろんC5その他も取れますが、あんまり使い道がない。

*2:テレビ・新聞などで流れていましたが、これが正確な数字であるという保証はありません。