派遣という制度に振り回されるのは嫌だなぁ

派遣問題はくだらない話が多かったので、スルーするつもりだったけど、もう大分前にbewaadさんのところのコメント欄で書いた事も含めて、僕がおかしいと思っていることを今更ながらにまとめてみる。と、思ったけど、書いていたら、全くまとまらないので、「つぶやき」エントリーとして垂れ流してみる。

1.製造業の派遣が解禁されようが禁止されようが、期間労働者期間労働者
自動車産業の派遣削減が槍玉にあげられているけど、派遣が無かったら無かったで、期間工の大量解雇が行われて、結局は一緒だったと思う。製造業派遣が解禁される前だって、「トヨタ期間工」という単語には、ある種独特のイメージが伴っていた事を、多くの人は忘れてしまったのだろうか。被雇用者には解雇にあたって1ヶ月前の事前通告の縛りがあるから立ち上がりは遅くなるかも知れないが、派遣にも契約期間があるので、どちらがより急激な調整となっていたのかはわからない。

NHKの派遣の特番番組で、下請け企業の方が「派遣をカットするとノウハウが失われる」と危機感を訴えていたが、経営危機に際して解雇できないだけのノウハウを持った人を高い人件費を払ってまで*1派遣という形で雇用していたわけで、何かおかしいわけです。派遣という制度を選択していた本当の理由は別なはずですよね。
これは推測ですが、トヨタの看板方式に代表されるサプライチェーンの効率化*2により、その仕組みに対応できるか否かで下請け企業の淘汰と選別がおきました。その選別に残った下請け企業は単なる町工場から中堅企業へ成長します。そうなると、会社を運営するホワイトカラーの雇用が重要になってきます。ホワイトカラーの雇用は、有名企業ならまだしも、その辺の中堅企業は大変に不利です。給与や福利厚生を保証して人材を求めざるを得ません。しかし圧倒的多数を占めるブルーカラーまで含めて福利厚生を提供するのはコスト負担が重い。そこで、分社することでブルーカラー層を会社の諸規則*3から独立した存在にしてしまう。その際の受け皿として大企業は自ら派遣業の子会社を設立し*4、中小企業は派遣業者を利用する。大企業でも労務問題が面倒臭くなるほど大規模な雇用が必要だと派遣にしたりする。派遣にすると、面倒くさいタイプの人材*5も、「あの人は変えて頂戴」の一言で済んじゃうので楽というあたりではないかなと思います。一種の労務問題のアウトソーシングですね。つまりは、派遣規制で見えていなかった*6、その他の労働規制の隙間を利用して待遇面の差別化ができるようになった事で歪曲が生じたのが、ここしばらくの派遣の増加ではないかと思います。歪曲があるが故に派遣への移行がどんどん進み、結果的に直接雇用より高めの人件費で折り合うわけです。

件の会社では、派遣をカットしないために、正規雇用に切り替えていくむね、番組の中で宣言されていました。突然辞めさせられるよりは先に辞めてしまえなんていう行動に出る人がいたのでしょうか。下請け企業は熟練型労働が多いので、そういう対応をする会社も比較的多いでしょう。一方、元受である自動車メーカーも含め、下請けピラミッドの上位にあるアッセンブリー側の企業は非熟練型労働が多そうです。それゆえ派遣業規制が緩和される前から、パート社員・期間労働者を使用していたわけです。そして下請けピラミッドの下位ほど熟練労働に頼る形態なので、恐らく会社の倒産という形で雇用の調整を行うのではないかと思います。大企業の派遣カットと、中小下請け企業の倒産。まさに今起きている事がこれです。

2.そもそも日本の労働市場って、そんなに閉鎖的だったの?
派遣規制の緩和にあたっては、雇用調整の速度を高めるのが目的だったんですよね*7アメリカのレーガノミクスでは労使で行くと労側の権利が強すぎた事が問題とされ、航空機産業でレイオフされたまま次回雇用を待っている組合員の転職を促しましたが、日本にはそういう立場の人って見たことないんですよね。それなのに、労働市場規制緩和というキーワードだけが輸入されちゃった。

僕は労使問題の専門家でも何でも無いわけですが、僕が記憶しているキーワードは、むしろ労使の使側が強すぎるケースばかりで、日雇い・タコ部屋労働とかそういう歴史があって派遣業に様々な規制が導入されきたのが日本の労使問題の歴史だと思っています*8ワーキングプア問題は、タコ部屋問題時代と比較すると幸せな雇用形態ですが、それでも今の基本的人権の基準から見てどうなの?と思う人が出てくるわけです。

日本型雇用慣行の特徴として、終身雇用・年功序列というのがあげられるわけですが、実際のところ、これは制度としても契約としても存在していません。どこにも。単に、高度成長期に、企業間で人材の取り合いがおきた際に、他者に取られないための防御として、長期雇用しても良いという「空気」が存在したという程度の話だと僕は思うわけです。上記の派遣を正規化していくような中堅企業にとっては、特に重要な「空気」でした。学生さんも就職活動するにあたっては、大卒初任給・生涯所得の高低と、中途退職率を重視していたわけです。一方、自分の半径50mくらいを見ても、現実には銀行員となった人の7割は*9既に退職しちゃってるし、自分が最初に就職した某メーカーでも同期入社で残っているのは半分程度だし、自分の業界も中途採用比率は7割オーバーが当たり前ってな具合で、実際のところは結構多くの人材が移動しちゃっているわけです*10。再就職にあたっては、普通は大幅に年収がダウンするので、溜め込んだ貯蓄が尽きるまでは良い就職先を探し続けるという意味での摩擦的失業は確かに存在すると思いますが、いずれは貯蓄が切れるという意味で、レーガン時代の高失業率とは別の問題だと思うわけです。で、実際、イメージだけの存在なので被雇用者の多くはいまだに終身雇用・年功序列を信じている一方で、ちょっと成長率が下がるとガンガン解雇されているわけです。終身雇用なんて最初から存在していないんです。

そうすると、派遣業規制の緩和ってのが、何をしたかったのかがイマイチわからないのです。*11

3.じゃあ派遣業法の規制を元に戻したら万事オッケーなの?
というわけで、僕は製造業への派遣業の規制があろうと無かろうと、実際に起きる事はそんなに変わらないのではないかと思うわけです。少なくとも派遣という形態をとっている事で、現実の数字は表に出やすくなったし、昔のような本音と建前の入り混じった有耶無耶な状態ではなくなってきたのかなぁと思うわけです。

だから、派遣がどうとか正直どうでも良い事が多いのかなと思うわけです。強いて言うなら、正社員向けに規制があって派遣には適用されないケースってのは、立法の趣旨から言って同じような規制が援用されるべきでしょうが、僕はそのような規制がどこにどれだけあるか知りませんし、そういう事が話題に上っているのも見た事がありません。派遣問題を議論するなら、そこだと思うんですよね。*12

4.このエントリーにまで書くと牽強付会といわれそうだけど・・・
やっぱり派遣が問題なんじゃなくて、景気後退が問題なんだと思うよ。確かに正すべきある種の摩擦はあると思うけど、派遣規制を緩和するにしても、逆に規制を強化するにしても、現在の均衡点を動かしちゃうわけだから、雇用調整の幅が更に広がることになるのかも知れない。派遣規制緩和の時に反対していた僕が、派遣規制強化にも反対するのは、そういう事だったりするわけです。どっちにしても、やるなら景気の良い時にやってくれと。そして嘘の理由で規制をいじくらないで欲しいと。

で、そんな事より、ちゃんとマクロ的な対策を打とうよと思うわけです。景気循環の底を速やかに脱出する方法を、ちゃんと行おうよと。僕らは霞を食って生きてるわけじゃなし、マヤカシ的な手法だろうが悪魔的手段だろうが何だろうと、雇用が上向けば良いのだよと思う次第であります。

*1:派遣会社への支払い人件費は直接雇用より派遣の方が高いのが一般的。労働者に渡る給与は直接雇用より安く、差額は派遣会社のマージンとなる。

*2:先日のエントリーで高速道路化と書きました

*3:就業規則とか福利厚生規定とか

*4:銀行や商社の人は実例を良く知ってますよね

*5:労働運動に興味があるとか、精神的に不安定とか、解雇すると逆恨みして放火したり、最後っ屁で窃盗していきそうな人とか・・・

*6:あるいは同時に対応すべきだった対策が漏れていた

*7:土木作業員をプログラマーにするなんてわけのわからない調整を主張されていた大臣もいました

*8:上尾事件なんてのもありました。

*9:支店長競争に負けたとかの理由で

*10:年間の退職・中途雇用者数は少なくても、累積すると社員の大半が中途なんて事になってるわけです。

*11:まあ、派遣業の社長さんが規制緩和会議の委員にいたりする、「利害関係者って何それ?」みたいな事も現実にあったのでしょう。

*12:本音を言うと僕らの業界は製造業の派遣に散々人材を持っていかれていた経緯があるので、製造業の派遣を禁止してもらったら、人材がこっちにまわってくるのではないかと期待しちゃっていたりしますが、この件は僕も利害関係者なので自粛(笑)。