強い小売店とは

先日、AJS(オール日本スーパーマーケット協会)の荒井伸也会長の講演(というか、挨拶)を聞く機会があった。この方は、東京近郊の方は良くご存知のサミットストアの社長をされた方でもあり、安土敏というペンネームで小説も書いている方。伊丹十三監督の「スーパーの女」の作者と言えばある年代以上の方はイメージが沸くかと思う。サミットは、当時住友商事が立ち上げたスーパーマーケットで、荒井会長は志願して小売の世界に身を投じた方だとお聞きしています。

さてお話の内容を箇条書きしていくと

  • スーパーマーケットの商圏は都市部で半径1km、田舎でも3km
  • GMSは半径10km、百貨店は30kmだが業態が違う
  • 個別店同士の戦いに勝ち、半径1km商圏内で1番のお店を持つ事が大事
  • 商圏内でビリの店舗をどんなに集めても、魅力的なチェーンとはならない

というものになります。

昨今、小売店の大型化によるバイイングパワー論が喧しいですが、真っ向から否定したなと僕は受け取りました。

「大型小売店優位論はメーカーのアナロジーである」とも言っていましたが、これは僕も同感です。大規模化によるオペレーションの効率化という真っ当な方法は、メーカーと違い流通ではほとんど成果に現れません。現場の人間は良く知っています。知らないのは「日経なんとか」を読んで株を買ったり床屋談義に花を咲かせている人たちです。この事がだんだんばれて来て、大規模化で発生するメリットの次なる理由として持ち出されたのがバイイングパワー論ではないかと思います。メーカーから個別交渉で「いかに安く買うのか」が小売店の価格競争力を決めるという事になりまして、昨今急速に拡大したチェーンは、大抵が地方におけるえげつない調達No.1チェーンばかりだったりします。

過去において、ある程度成長性が認められる市場では、メーカーも製造設備の拡充に前のめりになりました。そして、大規模ユーザーを囲い込んで工場の稼働率をあげようと、利益ギリギリで低価格販売戦略をとります。これが成長期に良く見られた、規模の経済型のメーカー戦略です。規模で一番を維持できたら、業界内で一番低いコストで製造できる事になり、最終的には一人勝ち(自然独占)となるわけです。一方、現在はデフレです。このような環境ではメーカーはむしろ供給を絞り、高く買ってくれる所を重要視する*1ようになります。大規模小売店が、バイイングパワーを振りかざすほど、新規の良い商品が調達できず、逆に質の劣った低価格品ばかりの品揃えになっていくという逆選択的な現象を生じる*2のです。困った事に、売上が下がって利益が減り始めた時に、バイヤーが頑張れば頑張るほど、この問題は深刻化していきます。

経済の需給の調整は、経済学で言うほど速やかには行われませんが、深く静かに進行しています。単に価格を調節するだけではなく、店舗の出店退店を伴って合理性を持たないチェーンが縮小し、合理的なチェーンが拡大していく事を伴います。人間は頭を使わずにアナロジーで判断する事が多く合理性に欠ける面がありますが、経済の調節が、それがアナロジーによるものであれ合理的な選択肢を取った企業を後押しし、非合理的な行動をとった企業を排除する事で、トータルの系としてはそこそこ合理的な行動をする主体が多数派となり、非合理な主体もそこそこ存在するように常に保たれている*3わけです。この事は逆に、メーカー側にもいえます。規模の経済戦略がとれなくなった時に、相変わらず大規模店に安価な商品を供給する事に固執し、利幅をしっかりと稼ぐ事を忘れたメーカーは淘汰されていく事で、正しい戦略をとったメーカーにその場を譲り渡していきます。経営学側の人が「成功体験を捨てなさい」と口を酸っぱくして言うのは、調整の過程で一時的に浮き上がるところがアナロジーとか経験則に固まってしまう事に対する警句ではないかと僕は思っています。

最初の話に戻ると、メーカー・消費者ともそろって満足する価格で提供できる店舗というのが、良い商品を品揃えできる店舗になるわけです。そして、荒井さんは食品問屋・メーカーさんたちに、大規模店に迎合する必要は無いよ。リージョナルスーパーには駄目なチェーンもあるけど、良いチェーンもちゃんとある。半径1km圏で1位の店舗を応援しなければ駄目だよ。会社の大きさに目を眩まされては駄目で、店舗をしっかり見ないと駄目だよ。と言っていたわけです。

*1:価格の折り合いがつかず、利幅を取りたい新商品の紹介がディスカウント店で後回しになる。

*2:ダイエーの末期に店舗にロクな商品が無いからあの店は駄目という評価が広がったのは、これが原因だと僕は思っています。

*3:合理性も時代時代で変わるので、いつかは今非合理な主体が合理となるかも知れません。